2016年06月23日

ねむりむし じらぁ

ねむりむし じらぁ
沖縄民話
川平朝申 再話
儀間比呂志 版画
1970年11月1日 176号


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登場人物の顔、見慣れない街の景色、絵の輪郭の力強さ、そして、タイトル「ねむりむし じらぁ」と、主人公の名前、何もかもが濃くて、むしろ、怖いという気持ちを抱いて接していた絵本なのだけれど、何故か魅かれてもいたのだということに読みなおして気が付いた。絵の輪郭の線が力強く感じるのは、木版画によるものだということを意識できるようになったのは、大人になってから。
子どもの頃、繰り返し読むほど魅かれていたのは、主人公じらぁの、いつでも、いつまでたっても、ぐだぐだと眠っている「ねむりむし」ぶりがうらやましくて。そして、ちょっとずるいと思えるような知恵がある人だったから。一方で自分の望みがかなってから、とても働き者の青年になったから。何故、そんなに変わったのか、という理由は二の次で、だらだら、ぐうたらしていても、いざというときにシャキッと変われば格好が良く見えるものだ、と感じていたのかも。夜の場面は特に好き。


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2016年06月19日

とうだいのひまわり

とうだいのひまわり
にいざか かずお さく・え
2973年9月1日
210号



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風船で運ばれてきたお手紙付きのひまわりの種から始まるこの絵本。こんなことが私にも起こったら、ちゃんと育てて同じように風船で飛ばしたいと妄想したものです。少し大きくなってから、環境という観点から、風船を飛ばすのはよろしくないことなのだ、という話を聞いたときに、そうなのか、と思ったもののこの絵本のように遠く離れた人と、偶然につながる夢のようなことが起こせないんだな、と残念に感じたものです。
この物語の主人公ともいえるひまわり。小学生の頃に育てたひまわりそのもの。ざらざらした太い茎がぐんぐん背を伸ばし、大輪の花をさかせ、太陽の動きに合わせてその顔を動かすひまわり。学校というところと縁が切れてから、こんな大輪のひまわりを見ることもなくなりました。
そして、灯台。今では灯台無人化で、同様の生活をしている人は少ないと思いますが、島国日本ならではの、海沿いに住むある家族の日常を疑似体験できる大切な作品です。
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2016年06月12日

おおさむ こさむ

おおさむ こさむ
わらべうた
瀬川康男 画
1972.1.1. 190号


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「さよならさんかく」との遭遇は、この絵本だったのか、学校だったのか定かではないのだが、連想ゲーム式につながる歌詞とリズムの面白さに加えて、最後の一文「でんきは、ひかる。ひかるはおやじの…」がわけもなく面白く、大きな声で歌いながら遊んでいた。寿限無寿限無…を唱えるのと同じような面白さがあるのだ。
わらべ歌なので、音程とリズムがあると思うのだが、この絵本に収められている歌の中で、他に知っているのは、二つしかなく、知らないものは言葉の抑揚と刻むリズムで楽しもうと思うのだが、創造力不足なのか巧く乗れないのだ。これが、定型の短歌や俳句とは違うところなのかもしれない。
それにしても、瀬川康男さんの絵は、ふり幅が広いと思うのだ。「ばけくらべ」や「こしおれすずめ」と同様、和の雰囲気が色濃く出ていることを除き、同じ人の作品だと気づいて正直驚いてしまったくらいなのだ。物語をつなぐ絵と歌のための挿絵の違いだろうか。
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2016年06月09日

ゆうこのあさごはん

ゆうこのあさごはん
やまわき ゆりこ さく・え
1971.10.1. 187号

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この作品が山脇百合子さんの作品であることを全く意識しておりませんでした。久しぶりに手に取って、あれ、この絵は、「ぐりとぐら」と同じだ、と思って表紙をじっとみてしまいました。お話も記憶から呼び起こすのに多少時間がかかり、徐々に思い出すという感じとなりました。
主人公、ゆうこの朝食が、パンに牛乳、チーズ、そしてゆで卵というくだりを読んで、パンが朝食の場合は、必ずイチゴジャムを塗っていたはずだった私は、どんな風に思ったのだろうと不思議でした。でも、こんな風な魔法を使って小さくなったり大きくなったりして、ちょっとした冒険に出られたら、どんなに楽しいだろうと羨ましく思ったことは間違いありません。
そして、一番うらやましかったのは、ゆうこの家の周りの風景。お話し後半に出てくる空を飛んで遠出をする場面。バートン作の「ちいさいおうち」が心静かに立っている、あの風景をほうふつとさせる緑がいっぱいの場所なのです。

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2016年06月04日

いちごばたけのちいさなおばあさん

いちごばたけの ちいさなおばあさん
わたりむつこ さく
中谷 千代子 え
1973.5.1. 206号

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大好きな絵本だったはずなのだ。何度も繰り返し読んだという記憶があるので、本当に好きだったのだと思うのだが、惹かれた処はどこたろうと分析しながらの再読となった。
惹かれた理由の筆頭は多分、色。おばあさんが羽織っているカーディガン、掛け布団、そして、紫の色。いちごを赤くするのに欠かせない色の素となる石(岩)の緑。うきうきする色なのだ。
物語で描かれている、いちごの色を作る作業の様子。ここで使う水は雨水や地下水に違いないのだが、それは特別な水に思え、色の素となる土中の石も普通ではないものに違いないと感じながら読んでいたように思うのだ。
岩石を粉砕した緑色の粉は、苔類、地衣類に見えて仕方なく、この見え方は今回も同じ。でも、水に加えてぱっと赤い色が広がるのだから、顆粒状のものであることに間違いはなく、私の妄想は見当外れずれということになる。
これほどまでに好きだったのに、真似したことがないのもまた不思議。

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2016年06月01日

たなばたまつり

たなばたまつり
熊谷元一 さく・え
1970年7月1日 172号

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七夕祭りってこんな風に準備するものなんだ、と憧れを持って読んだ絵本です。この絵本に初めて出会ったのは、幼稚園生の頃。当時住んでいた地域には、まだたくさん畑もあり、畑のいく畝かには、里芋の大きな葉っぱを見ることが出来ました。小学校に上がってからも、七夕の季節が近づくと、里芋の葉に溜まった露を使った墨で文字を書いてみたいと思ったものです。当時、大人に相談して、ちゃんと希望を叶えさせてもらえばよかったと今更思ったりしています。

絵本の中で描かれている風景は、小学生の頃、夏休みになると体験させてもらっていた、子ども村キャンプなどで滞在したような場所を彷彿させるものなのです。家に縁側や庭があり、近くに竹やぶもあり、川が流れている、という日本の原風景は、私にとっては特別な情景で、これから先もこういう風景の中で日常を過ごせることになることはないはずで、絵本を通じた日本体験がとても大切だと感じる一冊です。
posted by 花ちゃんとクマの菜葉 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 100号台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする