びんぼうこびと

びんぼうこびと
ウクライナ民話
内田莉莎子 再話
太田大八 画
178号


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家や蔵には、守り神的に精霊とか小人たちがいるのだろうし、身近なところに生息していてほしいなと思いながら日々暮らしております。このようなお話は、おそらく世界各国どこにでもあって、お話が発生したきっかけは、たとえ人様の目がなかったとしても、どこかで何かが必ず見守っているよ、または、監視されているよという。励ましあるいは戒めを伝えているように思います。

「びんぼうこびと」の場合は、一生懸命働く家族だからこそあまりにも居心地が良くて、居着いてしまった「びんぼうこびと」なのだろうな、と思われます。こびとが“貧乏”なのではなくて、住み着いた一家を貧乏にしてしまうこびとたち。一生懸命に働く家族にとってははた迷惑。でも、腐らずに働き続けているところもすごいことだな、と。人は、結局、何かに一生懸命な人は、どんな状況に置かれてもきっとずっと熱心であり続けるというのが定石なのかな、と考えたくなるようなお話しです。

うしかた と やまうば

うしかた と やまうば
瀬田貞二 再話
関野準一郎 画
1972.2.1. 191号


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再話である。語り継がれたものにいくつかのパターンがあって、『こどものとも版』として、ページ数とかおどろおどろしさの度合いとかを調整されているはずで、多くの人の目に触れれば触れるほど、この内容が普及版になっていくのかと思うと、これまた不思議に思います。こんな風に、伝承されて伝えられて来たお話の数々。これから先、口頭伝承で後世に残ることは、あるのだろうか?と考えるにつけ、記憶や記録に残す手段方法が開発されればされるほど、人から人へ、バトンをつなげるように、引き継がれるものは少なくなっていくのではないかと感じます。

母国語以外の言葉を学べ!学ぼう!学ばねば!と熱心になるのは良いけれど、語り継ぎも等しく大切なことだと思うのです。
脳の記憶装置と容量を一生涯で活用する量は、未使用部分に比べると圧倒的に少ないときいたことはあるので、多言語を学び脳をフル活用してもまだまだ口承伝承の可能性あると思うのです。

ふしぎなさーかす

ふしぎなさーかす
安野光雅 さく・え
1971年7月1日 第184号

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『こどものとも』で安野光雅さん作品というと“不思議絵”の人。なんとなく不思議。なんとなく違和感。ぱっと見は普通で特に抵抗はなし、でも、あれ?と思って見直すとじっと注視になってしまい、ページをめくっても前のページの絵の不思議が気になって、また戻る、の繰り返し。
『ふしぎなさーかす』は、サーカスという現実の世界でも見ても夢のような時間になる空間を、夢の世界で、その開幕前と開催中、終演後で絵比べをする、あらまあ、何々、ちょっと待て、という仕掛けがいっぱい。サーカスで必ずあるお決まりの演目が、本来ならそれだけでも驚きの演目のはずなのに、もう一捻り入っていて、油断大敵、ぼやぼやしていられません。
今日は、いつもと様子が違うのか、団員たちも、バックヤードから人を呼んできて、慌てている様子。案内役の道化師が、かなりいい味を出していて、演目内容を熟知しているはずなのに、どぎまぎしているようにも見受けられます。

ねむりむし じらぁ

ねむりむし じらぁ
沖縄民話
川平朝申 再話
儀間比呂志 版画
1970年11月1日 176号


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登場人物の顔、見慣れない街の景色、絵の輪郭の力強さ、そして、タイトル「ねむりむし じらぁ」と、主人公の名前、何もかもが濃くて、むしろ、怖いという気持ちを抱いて接していた絵本なのだけれど、何故か魅かれてもいたのだということに読みなおして気が付いた。絵の輪郭の線が力強く感じるのは、木版画によるものだということを意識できるようになったのは、大人になってから。
子どもの頃、繰り返し読むほど魅かれていたのは、主人公じらぁの、いつでも、いつまでたっても、ぐだぐだと眠っている「ねむりむし」ぶりがうらやましくて。そして、ちょっとずるいと思えるような知恵がある人だったから。一方で自分の望みがかなってから、とても働き者の青年になったから。何故、そんなに変わったのか、という理由は二の次で、だらだら、ぐうたらしていても、いざというときにシャキッと変われば格好が良く見えるものだ、と感じていたのかも。夜の場面は特に好き。


おおさむ こさむ

おおさむ こさむ
わらべうた
瀬川康男 画
1972.1.1. 190号


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「さよならさんかく」との遭遇は、この絵本だったのか、学校だったのか定かではないのだが、連想ゲーム式につながる歌詞とリズムの面白さに加えて、最後の一文「でんきは、ひかる。ひかるはおやじの…」がわけもなく面白く、大きな声で歌いながら遊んでいた。寿限無寿限無…を唱えるのと同じような面白さがあるのだ。
わらべ歌なので、音程とリズムがあると思うのだが、この絵本に収められている歌の中で、他に知っているのは、二つしかなく、知らないものは言葉の抑揚と刻むリズムで楽しもうと思うのだが、創造力不足なのか巧く乗れないのだ。これが、定型の短歌や俳句とは違うところなのかもしれない。
それにしても、瀬川康男さんの絵は、ふり幅が広いと思うのだ。「ばけくらべ」や「こしおれすずめ」と同様、和の雰囲気が色濃く出ていることを除き、同じ人の作品だと気づいて正直驚いてしまったくらいなのだ。物語をつなぐ絵と歌のための挿絵の違いだろうか。