しんりんてつどう

しんりんてつどう 
みねむらかつこ さく・え 
256号 1977.7.1.

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山と街とをつなぐ森林鉄道は、一日にいったい何往復するのだろう。人を運び、物を運ぶ。急こう配の山道も難なく行ったり来たりする鉄道。鉛筆描きの柔らかい筆致。濃淡ですべてを表現するという術は、物を観察することが苦手だった子どもの頃にはなかなか気が付かなかったことだ。漫画ほどの大げさな吹出や強調表現を使わなくても、鉛筆が描く流れで機関車が速度を上げていることまでわかってしまうのだ。物語は、文字でも表現されているので、話の流れは読んでいるのだが、テキスト無しだと文字で表現されていることよりももっとたくさんの物語を楽しむことができるのだ。
この森林鉄道、山で切り出した材木を街へ運ぶという任務もあるのだが、我々を悩ましている杉山を思うと、この頃に、次世代につながる山の保全の大切さに気づき、その方向へかじを切っていれば、日本の森林産業は違ったものになっていたはず、と社会派的なことも考えてしまった再読である。
posted by 花ちゃんとクマの菜葉 at 09:37Comment(0)200号台

はるにれ

はるにれ
姉崎一馬 写真
1979年1月1日発行
274号

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一本のはるにれの木を、さまざまな季節と時間帯で撮影されたものが一冊の絵本に。はるか遠くには、ぽつぽつと木々があり、山の連なりや人工物も捉えられているので、人里は意外と近く、大自然の奥深くにある木ではないということがわかる。けれど、林になったり森になったりすることなく、牧草地帯や農地にもならず、ぽつんと一本だけ、のびのびと大きく育つことができたことがちょっと不思議に感じるのだ。
絵本の始まりは秋。寒さに凍える冬の季節の画像が多め。定点撮影ではなく、季節によって、撮影時間帯によって、カメラマンの視点は、変化。しかも、はるにれ君の捉え方も、望遠がかかっていたり、遠景までしっかりと捉えていたりとばらばら。草がもりもり育つ季節には、足元が隠れちょっと短足に見え、真冬になると、寒々と足元まで丸見え。枝まで寒さで凍っている。霧に包まれて、そばに誰もいないような日もあれば、お月さまを支えているようなときも。
posted by 花ちゃんとクマの菜葉 at 21:58Comment(0)200号台

もりのえほん

もりのえほん
安野光雅 え
1977.10.1.
259号

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森の絵に隠されている生きも探しは未だに完了していない、という難解極まりない絵本だ。森の様子が描かれている絵本ですよ、と紹介されれば、どんな樹木があるのだろうとか、どんな動物が(普通に)潜んでいるのだろう、という視点で楽しむことになりそうだが、そんな目線で絵を見ると、少し不自然に感じてしまう。というのも、木の幹に不必要にたくさん蔦植物が絡まっていたり、妙なところで曲がっていたり、不釣り合いなこぶができていたりするのだ。おおよそそんなところには、生きものが潜んでいるのだが。
もちろん、気分を変えて、時には絵本の向きを変えてみた方がわかりやすかったりもする。
森に隠れている生きものたちの回答は、折り込みふろくに記されていて、今までは、確認することもなく、ただ、漠然と眺めていたのだが、今回は、もう少し真面目に探してみようと回答を横に置いて再挑戦。意外なことに人の顔とか九州の地図なども入っているという。
posted by 花ちゃんとクマの菜葉 at 22:49Comment(0)200号台

ぐりとぐらのかいすいよく

ぐりとぐらのかいすいよく
なかがわりえこ さく
やまわきゆりこ え
245号


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夏、そして、海をキーワードに好きな絵本を選ぶと、この作品がすぐに思い浮かぶ。
こんな出会いがあるといいな、と憧れたものに、ビンに入ったお手紙を海辺で拾って、それがきっかけで人とつながること。今の時代、ビンにお手紙を入れて流すなんて、「海の環境を汚す」ことだと、正義を振りかざしそうなモンスターな人たちもいるのだろうけれど、通信手段の一つとして(果てしなく不確かな通信手段ではあるけれど)憧れるものだ。
子どもの頃の憧れは、「うみぼうず」君が披露してくれた、迫力もあって、楽しそうな七変化の泳ぎにもあった。それに輪をかけて羨ましかったのが、ぐりとぐらが、すぐにできるようになったこと。けれども、自分でも真似をしようと悪戦苦闘したかどうかは、記憶にはない。
再読して思い込みだったことに気がついたのが、灯台の灯り。月の光や船の灯りに反射するのは、磨いたガラス球だと思っていたのだが、なんと、その正体は、真珠球。

やっぱりおおかみ

やっぱりおおかみ
ささきまき さく・え
1973.10.1. 211号

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「け」という文字、音が妙に印象に残る「やっぱりおおかみ」。そう、あなたは、何をしても「やっぱりおおかみ」。だから、どこへ行っても仲間に入れてもらえない。仲間意識が強すぎて、仲間外れを作りたがる。それとも、何をしても「やっぱり」おおかみだから、ちょっと怖がられてしまうのかな。
いわゆる「子ども」を意識した、教育的、道徳的な絵本の場合、誰もが仲良くしなければ、と言いたがるけれど、それはそれで、ちょっと不気味。だって、世の中そんな風にはなっていない。だからと言って、ここまで孤高になれというのも、また、ちょっとすごいこと。仲間に入れてもらえないのなら、それはそれで構わないよ…という「おおかみ」君の生きる姿勢もあっぱれ。一人でもやって行く道はあるよねという気持ちに持っていくための徘徊だったのかな。「おおかみ」君の表情が見えない不気味さと歩き回る街の雰囲気が子ども心に格好良いと感じていたように思います。