かばくん

かばくん 
岸田衿子 作・中谷千代子 画 
1962.9.1./1975.7.1.

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のっしのっしと動くぞう、優雅に長い首を揺らしながら歩くキリン、じゃれあう子ザルとどっしり構えた親ザルの関係が楽しいサル山など、動物園という場所が楽しい場所だと感じていた年代に出会った絵本だ。
動物園の展示形態が見直され、生息地で生きる様子に近い状態を再現する努力が各地の動物園で急速に進み、もうつまんないよ、見世物じゃないんだから、という動物たちのふてくされた姿から打って変わって活き活きとした姿を間近で観る楽しさが増強されている今なら、描かれ方も変わっている可能性がある「かばくん」親子。この絵本の初版が出た1960年代中盤は、野生動物の様子を紹介するようなテレビ番組など動画は少なかった時代、本で文章や写真でしか知ることができなかった数多くの生き物たちを動物園という場所で、実際に目にすることができたのは、貴重な体験に他ならない。図鑑から飛び出た動物を観る事ができるということに感動していた時代の絵本だ。
posted by 花ちゃんとクマの菜葉 at 17:22Comment(0)番外編

もりのでんしゃ

もりのでんしゃ
岸田衿子 さく
中谷千代子 え
1961.11.1.
1985.9.1.


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広場や公園に引退した古い車体が置いてあるのと同じように、森の中にぽつんと置いておかれた電車に起こったお話し。その電車は、森に棲む動物たちの貯蔵庫になり、遊び場になり、避難所にもなるのだけれど、大嵐の夜に、夢と現の境界線がなくなって、夜空へと夢の旅へ。
乗り物が登場し、満月の夜を迎えると、人は不思議と空に昇って行くことを夢見るように思います。いったいどうして、こんな風に思うのでしょう。宇宙への憧れ、それとも、『銀河鉄道の夜』の影響?海外の絵本や物語にもこういう発想ってあるのかしら、と他所の国の作品に盛り込まれる要素の特徴というものを探ってみたくもなりました。
今回、この物語の舞台の季節はきっと秋だと思い込んでいる自分に気が付き、本当に秋でいいのか自問自答。表紙絵の色合いから秋の印象が強く、おそらく登場する生き物の言動から、秋と感じ取られた作者が秋色の絵に仕上げたのではないかと結論づけてみました。

おおきなかぶ

おおきなかぶ
内田莉莎子 再話
佐藤忠良 画
1962.5.1.
1973.4.1.

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名作絵本と呼ばれるものが列挙されることがあるならば、必ずリストに入って来るであろう作品の一つがこの「おおきなかぶ」ではないだろうか。あまりにも有名なこの表紙。おじいさんだけで蕪を抜こうと頑張るが抜けなくて、おばあさんが加わって、娘が加わって、犬、ネコ、そして最後にはネズミまで加わってやっとこさっとこ蕪が抜けるのだ。子ども向け作品の必須要素の一つと考えられる、ほぼ同じ内容の文章の繰り返しとそのリズムが心地よい作品だ。ロシアのお話しの再話だが、文章の軽やかさと心地よさは、再話を手がけた内田莉莎子さんのセンスだろう。
気にかかったことが一つ。蕪を直接引っ張っているのはおじいさんだけ。ねこが引っ張っているのは犬、犬がひっぱっているのは孫娘。綱引きをするように、それぞれが蕪を直接引っ張る方が、力が入るのでは、と思ったのだけれど、重箱の隅をつつくようなことは無粋だし、せっかくの文章の面白さも消えますね。

2017.4.24. 改定

ゆうちゃんのみきさーしゃ

ゆうちゃんのみきさーしゃ
村上祐子 さく
片山 健 さ
1968.7.1.
1975.9.1.


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ミキサー車とタンクローリーの違いは何なのだろう、というところから始まった再読。ゆうちゃんが乗るのがミキサー車ということは、常にぐるぐる回し続けないといけない物質がタンクに入っている、もしくは、入るということになる。混ぜることで何かが出来上がるということだ。
お話は、まず、ミキサー車の誕生から始まる。目の前にあるものを何かに見立てるということ、よく遊びの中でやりましたが、そういう誕生の仕方です。愉快なミキサー車が歌を歌うと、ゆうちゃんと共に出発進行。ミキサー車の中に入れるものを探しに出かけるわけですが、森に入って狭い道でとうせんぼ状態になったとき、ミキサー車の歌がおまじないになって、ちゃんと道を通してくれるというところも、楽しいです。森を抜けると、そこは、アイスクリームの材料の宝庫。同じ様にボールで材料を混ぜれば、はちみつアイスクリームができるのではないだろうか、とまじめに考えてしまいました。

ちいさなねこ

ちいさなねこ
石井桃子 さく
横内襄 え
1963.5.1.
1977.5.1.

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描き出されている町、車、男の子等のすべてが子どもの頃にみた風景なのだ。連綿と続く日々の時の流れの中では気付かない変化が、こんな風に突然、ちょっと離れた時代の様子を見せられると、あ、いつの間にかこんなに変わったのか、と懐かしさという感情とともに感じられるのだ。絵本も大切な記録媒体の一つだな、と、既に名作として目にした「作品たち」とは違った感覚でそんなことを意識する。
主人公の子ねこが単体で座っている様子だけで、子ねこということがわかる凄さ。表一と表四で、その子ねこの前面と後姿になっていて、そんな遊び心。本文内の絵では、「ちいさなねこ」の表情、体の動きが、その事柄が起こった瞬間を見事に伝えてくれている。今なら、連続撮影を可能にしたカメラが動きのあるモノの様々な瞬間をとらえ、人の目で見やすい状態にしてくれるけれど、おそらく肉眼で根気よく観察し、捉えたその瞬間の様子をこの作品の中に生かしたのだろう。